1. 鯛の食籠


トップページに置いてあるこの作品、数年前から、展示会などに何度か登場するようになりました。
鯛をかたどった食籠です。(ご存じの方も多いでしょうが、食籠は茶席で使われる蓋付きの御菓子鉢、「じきろう」と読みます。)

じつはこの作品、古い吉向焼の作品(おそらくは初代さんのもの)の写しとして制作されたました。

こんもりふくよかなフォルムと生きの良い鮮魚を思わせるそりあがった尾鰭のデザインの見事さ。

写しとはいえ、200年前の始祖の確かな観察力と斬新なデザイン感覚が忍ばれて、私も大好きな作品の一つです。

実は、この作品のオリジナルとの出会いは大変不思議なものでした。

「吉向さんの古い作品が東京で開かれたシーボルト展に出てましたよ。」

ある方が連絡して下さいました。

江戸東京博物館、シーボルト生誕200年記念の特別展、「シーボルと父子の見た日本」。

その後、同じ展示が大阪の国立民族学博物館で開催される事がわかりました。

さっそく連絡を取ったところ、博物館の計らいで、展示準備中の作品に対面することが出来たのです。

どうやら初代さんの手から生まれた見事なお鯛さんは、民俗学者でもあったシーボルトの膨大な収集物に混じって海を渡っていたようです。

このときの対面に立ち会って下さった熊倉功夫先生が、「シーボルトの贈り物」というエッセイの中でシーボルトと初代吉向とのつながりについて、書いて下さっています。

伊予(愛媛県)の大洲の人であった初代吉向。

そして、後にシーボルトの孫娘たかと結婚した「三瀬周造」と言う人物。

シーボルトに深く傾倒していたというこの三瀬周造が、おそらくは同郷の陶工であった吉向とシーボルトを結びつけたのではないかと、推察しておられます。

その辺の事情は、後の世の者が空想の翼を広げて、思いを巡らすしかない事かもしれません。それでも、一人の陶工の作品が海を渡り、200年の年月を経て、その末裔と対面する「縁」の不思議。

それはただの偶然と言うよりは、「ものを作る」という仕事の時間を超えた「確かさ」の証とも言えるような気がします。